朝起きてトーストを焼き、フライパンで目玉焼きを作った。
ケトルで淹れたコーヒーは本当に美味しい。このままブルガリアにいたくなってきた。
今日は洗濯もしなければならない。洗濯機などという近代的な機械はない。旅行用の洗濯袋だ。
中が凹凸になっていて、シャワーのお湯とボディーソープを入れてこするタイプだ。
下着のような小さいものはともかく、ズボンやパーカーは重労働だ。
朝から汗をかいたが、やらないと明日の出発に間に合わない。
東南アジアでは300円でお店に渡したら乾燥までやってくれていた。
本当に懐かしい。洗濯を終えてバルコニーに干した。明日の朝には乾くだろう。
さて今日は黒海へ行こう。徒歩で20分ほどの距離だ。オフシーズンだがせっかくだから見に行きたい。
ベトナムのニャチャンのようなリゾート地なのだろうか。楽しみだ。
市街地を抜けて大きな海辺の公園に入った。
曇り空のせいか薄暗く、人の姿もなく、なんとも寂しい雰囲気だ。
ふと視線を向けるとピンクと白の派手な小屋がある。看板の文字を見て察した。大人向けの店のようだ。
バスターミナルの近くにも似たような店があったな。もちろん用事はないし余計なリスクを上げたくない。
40半ばにもなるとそういうことへの興味も随分と落ち着いてくるものだ(笑)。
そのまま公園を抜けると、黒海が目の前に広がった。
曇り空だったせいか、正直なところ感動はさほどなかった。
「ここがそうか」という静かな確認に近い感覚だ。
でもYouTubeで見ていたブルガスの黒海を実際に目の前にするのは、やはり不思議な気分だった。
そういえば久しぶりに海を見た。アンタルヤ以来だろうか。一日一日が濃くて、もう随分と昔のことに思える。
海辺には海の家らしき建物がずらりと並んでいるが、オフシーズンのため全て休業中だ。
砂浜にはパラソルが放置されたままになっていて、4月上旬のブルガスはまだ肌寒く、誰も泳いでいない。
泳いだら寒中水泳だ。散歩している地元の人が数人いるだけで、アジア人の僕はやや視線が痛かった。そそくさと移動することにした。
海沿いを歩いていると、公園の中に遺跡のような建物が見えた。
歴史に関わるものだろうが、説明文はキリル文字で読めない。英語の案内もない。
意味や歴史は分からないが、こういうローカルな史跡をぼんやり眺めながら想像するのは嫌いじゃない。
理解できなくても、見て感じ取ることはできる。それで十分だと思っている。
海の家のテラスでは老人がお茶を飲んでいて、近くでは別の老人が体操をしていた。
公園や砂浜にはたくさんの猫がいる。近づきたいが、カッパドキアで猫にひっかかれた日本人夫婦のことを思い出して止めておいた。残念だが仕方ない。
公園のトイレを見つけたが有料で、日本円で約100円。残りの現金は1,400円ほどしかない。
使いたくない。家まで我慢しよう。建物の中で受付のおばちゃんがじっとこちらを見ている。
誰も来ない殺風景なトイレでひたすら待機するのが仕事なのか。ある意味辛そうだ。絶対に機械化した方がいい(笑)。
黒海も見たし、宿に帰った。
昼ごはんを少し食べると眠くなって昼寝をした。ふと目が覚めるとまだ外が明るい。
時計を見ると18時だ。そうだ、ヨーロッパは日没が遅い。19時を過ぎても外は明るく、日没は20時前。
日出は逆に7時を過ぎてからだ。日本では考えられない感覚で、最初はまだ昼かと錯覚してしまった。
せっかくのブルガス最後の夜だ。街を歩こう。
夕暮れのブルガス中心街は、昼間とは違う顔を見せていた。
カラフルなタイルの床、街の上に広がるパラソル、ライトアップされた建物。
まるでファンタジーの世界に迷い込んだようだ。昔やっていたファイナルファンタジーにもこういう街があったな。
そう、こういう冒険がしたかったんだ。ヨーロッパに入ってから、その実感がより強く湧いてきた。
街中にはキリル文字の掲示板が並び、英語表記はほとんどない。
トルコやブルガリアといった東欧では英語が通じないことも多く、現地の言語で何が書いてあるか分からないことだらけだ。
西欧に入ればまた変わるのだろうが、東欧にいる間は会話に苦戦させられそうだ。
ふと視線を向けると、黄色い外壁に「NORI」という看板の店があった。寿司バーらしい。
日本レストランはどこの国にでもあるものだ。
どんな料理を出しているのか気になるが、メニューや値段は外観からは分からない。
東南アジアですら日本料理は高かったから、ヨーロッパではさらに敷居が高いだろう。
日本食が恋しい今日この頃だが、眺めるだけにしておこう。
暗くなる前に帰るのがクラ流だ。スーパーに寄って有り金をほぼ全て使い、サラミとブルーチーズ、ビールとワインを買った。
部屋に戻ってグラスにワインを注いだ。
ブルガスに乾杯。
観光らしい観光はほとんどしなかった。
黒海を見て、猫を見て、史跡を眺めて、公園を歩いた。それだけだ。
でもこの4日間、キッチンがあって、バルコニーがあって、コーヒーが飲めて、パスタが作れた。
旅の疲れがじわじわとほぐれていくような、そんな4日間だった。
明日はイスタンブールに戻る。

