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能登の大震災

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クラの独り言
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元旦早々に地震があったのは沢山の方に衝撃的な事だったと思います。

自分も例外ではなく石川県出身なので

ニュースを見て驚きました。

実家は金沢市なのですが、まずは市内に住んでいる弟や

父親の安否確認が取れて安心しました。

震源地は能登半島なので加賀地方の金沢は

少し離れていた為に震度は5強で済んだようです。

それでも結構揺れたようですし

家具は落ちてきたり余震は続いていて

安心してゆっくりと眠れないと父は話していました。

私事になり恐縮ですが

高校は能都町になり寮生活を3年間送っていたので

震源地の能登地方はよく知っています。

高校時代の友人や知り合いは大丈夫なのか

心配ではあります。もう連絡先すら分からないですが。

輪島市で思い出があるとすればロシア籍のタンカー、ナホトカ号の

重油流出事故の件ですね。

40代から60代の方なら覚えているかもしれませんが

1997年1月に島根県沖で大量の重油を乗せたナホトカ号が沈没して

輪島の海岸も重油塗れになったという事故です。

当時、高校1年だった僕は学校のボランティア活動として

輪島の海岸で重油を取り除く作業をしていた。

辺り一面に流れ着いた重油塗れの海藻をカッパ姿で

担いで取り除く作業は重労働そのものでした。

重油の臭いが今でも強烈に覚えています。

一日中作業しても重油は一向に減らない状態で

達成感や疲労感よりもすごい事故だったんだなあと高校生なりに体感した経験。

それが20年以上経って地震と火災で倒壊している輪島の街を

テレビで観るなんて思いもしなかったです。

子供の頃に暮らしていた石川県がこのような

大きな地震が起きるなんて考えた事もなかったです。

高校生の時にニュースでテレビの画面越しに見た

阪神大震災は

「同じ日本でも地震が起きやすい地域ってあるんだなあ」

って他所事みたいに思ってました。

大人になってからもそんなにも変わらず

東北大震災でもそんな風に危機感や悲壮感は感じていても

どこか遠くで起きているような出来事でした。

しかし、今回は違います。

じぶんがその場にいなかったとは言え

生まれ育った街が地震によって崩壊して

死者が出ているのですから。

地震が身近なものに感じました。

「日本は地震大国」

この言葉は真理だなあと思います。

日本に住んでいる以上は

地震の被害に合う可能性は誰だってあるという真実。

そして震度7を超えるような震災では人は無力だということ。

ある程度は運もあるだろうけど

普段から、もし地震が起きた場合の準備は必要だと思っています。

1つは寝室に靴と笛を用意しています。

笛は万が一、生き埋めになった場合に

笛を吹けば救助隊に助けられる可能性が高くなること。

救助犬とかは人間が聞き取れない音も聞き取る事ができるらしいし。

僕は寝室だけでなく普段から携帯しています。

何かトラブルに巻き込まれた場合にも使えるから防犯上でも有効ですし。

靴はなぜ寝室に必要かと言えば

地震後は蛍光灯やガラスが割れて室内が破片だらけになり

逃げる時に裸足だと破片が足に刺さり

逃げ遅れてしまうからです。

靴さえあれば地震後の火災や津波などの二次災害から

逃げれる可能性も高くなるという事です。

もう一つは心構えになるけど地震の直後にすぐ風呂場の浴槽の水を

目一杯貯めるということ。

もしかすると断水の可能性もあるから

水を浴槽に貯めておけば

色んな意味で助かるのは間違いないです。

とにかく大事なのは明日は我が身だと思って

自信を他人事だと思わず行動するのは大切ですね。

最後になりますが能登の震災で被害に合われている方が

一日でも早く平穏な日々に戻れるように心から願っています。

早く復興しますように。

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