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空に、気球が咲いた朝

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目が覚めると朝の5時だった。

なんとなく外が気になって、そのまま宿の外に出た。

すると空に、すでに気球が浮いていた。まだ低空だ。

街のすぐそばで、ゆっくりと、静かに漂っている。

その瞬間、眠気が吹き飛んだ。

気球の上部からごうっという低い音とともに火が噴き上がる。

炎が球体を内側から赤く照らし、夜明けの薄暗い空の中で気球がぼんやりと光る。

美しいというより、生き物みたいだと思った。息をしているみたいだ。

急いで丘へ向かった。カメラも財布も持たずに。

見晴らしのいい丘の入口に着くと、係員のおじさんが立っていた。

有料らしい。財布がない。

身振り手振りで「後で払う」と伝えようとするが、おじさんは首を縦に振らない。当然だ。

悔しいが宿に引き返した。財布を掴んで再び走る。早く行かないと。早く。

料金を払って丘に入り、息を切らしながら斜面を登っていく。足が重い。それでも足が止まらない。

頂上に近づくにつれて、空が広くなっていく。そして——。

視界が、一気に開けた。

空に、気球が咲いていた。

数えようとしたが途中でやめた。30機はあっただろうか。色とりどりの気球が、カッパドキアの空を埋め尽くしている。

奇岩の街の上に、まるで巨大なシャボン玉が無数に浮かんでいるようだ。快晴で雲一つない。風もほぼない。青い空に気球だけが浮かんでいる。

言葉が出なかった。

しばらくその場に立ち尽くして、ただ空を見上げていた。

周りにも大勢の人がいて、みんな同じように空を見上げて、スマホを掲げている。

国籍も年齢も関係なく、同じ顔をしていた。感動というのは人を平等にする。

なるべく気球に近い場所へ移動しながら写真を撮り続けた。

「すごい」という言葉しか出てこない。すごい。本当にすごい。語彙が消えた。

ふと思った。当初、カッパドキアは予定に入れていなかった。

イスタンブールからそのままヨーロッパへ向かうつもりで、ここは寄り道するつもりがなかった。

それがなぜか来てしまって、今こうして丘の上に立っている。旅というのは、予定通りにいかない方が面白いことになるものだ。

それに、天候によっては気球が飛ばない日もあると聞いた。

雨や強風の日は中止になり、気球を一度も見ないままこの地を去る人もいるという。今日は快晴で風もない。僕はラッキーだった。

オタクな表現で恥ずかしいが、ドラゴンクエストで気球に乗って世界を旅する場面を思い出した。

子どもの頃、あの画面を見ながらいつかこんな旅がしたいと思っていた気がする。

そうだ、僕はこういう旅がしたかったんだ。

自分は乗っていないけれど、それでいい。見ているだけで十分だった。

この景色を見るためだけにカッパドキアに来た価値があった。


翌朝も5時に目が覚めた。またあの景色が見たくて、気がついたら外に出ていた。

この日の気球は、昨日と少し様子が違った。街の上空ではなく、丘の方へ流れていて、奇岩の谷間を縫うように飛んでいる。

崖にぶつかりそうなほどギリギリを掠めながら、それでも器用に回避して飛び続けている。

手に汗握る場面が何度もあった。あれは実際にぶつかることもあるのだろう。乗るのをやめておいて正解だったかもしれない。

それでもあの光景は、昨日とはまた違う迫力があった。

2日続けて見て、2日続けて感動した。カッパドキアに来てよかった。

この旅に出てよかった。そう思える瞬間が、また一つ増えた。

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