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カッパドキア、岩と谷と地の果てへ

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気球の感動がまだ胸に残ったまま、丘を下りた。

時刻はまだ朝の7時過ぎ。せっかくだから今日は一日歩き回ろうと決めた。

まずウチヒサル城へ行くことにした。シャトルバスの車窓から見えたあの巨大な岩の塔だ。

バス停を探したが、どこにあるのかさっぱりわからない。地元の人に聞いても言葉の壁でうまく伝わらない。

地図を見るとギョレメから5キロほどの距離だ。まあ歩けるだろう。歩いていくことにした。

これが正解だった。

歩き出してすぐに気づいた。この道自体が、もう絶景だ。

舗装された道の両脇に奇岩が連なり、侵食された谷が続き、見渡す限り土色の地形が広がっている。

南米にあるような景色で、ヨーロッパやアジアにこんな場所があるとは思っていなかった。世界はまだまだ知らないことばかりだ。

30分ほど歩いただろうか。適当に脇道に入ってみると、突然視界が開けた。

谷だ。眼下に広大な谷が広がっていて、無数の奇岩がそこかしこから突き出している。

大きいもの、小さいもの、丸いもの、尖ったもの。何百万年もかけて風と水が削り続けた彫刻たちが、谷いっぱいに並んでいる。

観光スポットでもなんでもない、ただの脇道の先にこんな景色があった。

こんな素晴らしい景色に、ふらっと歩いていて偶然出会えた。旅に出てよかったと思える瞬間というのは、たいてい予定していない場所にある。

そのままウチヒサル城へ向かった。

近づくにつれてその巨大さが増していく。シャトルバスの車窓から見た時も圧倒されたが、徒歩で近づいてみると迫力が全然違う。

岩の表面には無数の穴が開いていて、かつてそこに扉があり、窓があり、人が暮らしていた痕跡が残っている。

中に入ることができた。

薄暗いトンネルをくぐり、岩を削った急な階段を登っていくと、内部には部屋が連なっていた。

何百年も前にここで人が生活していたのかと思うと、感慨深い。見晴らしは抜群だ。

この高さから周囲を見渡せば、どの方向から敵が来ても一目でわかる。

自然が作った要塞というのはそういうことか。日本の城とは全く異なる、岩そのものが城という発想に、ただ感心するしかなかった。

頂上から見下ろすカッパドキアの風景は、また別格だった。

奇岩の谷が地平線まで続いていて、その向こうにギョレメの白い街が小さく見える。

朝に見た気球はもうどこにもいない。青い空だけが広がっている。

しばらくその景色を眺めてから、ゆっくりと下りた。

帰り道のことを考えて、来た道沿いにバス停らしき棒が立っている場所で待つことにした。

30分経っても何も来ない。そもそもバスがどんな形をしているのかも分からない。

普通の乗用車が通り過ぎるたびに「あれか?」と目で追ってしまう。

時刻表もない。案内板もない。棒が1本立っているだけだ。

なんで時刻表くらい付けないんだよ、とひとりごちながら、もしかして既に通り過ぎたのかもしれないとも思い始めた。

諦めて歩くことにした。足は限界に近かったが、待ち続けるのも精神的にきつい。

重い足を引きずりながら来た道を10分ほど歩いていると、後ろから原付が近づいてきてすっと横に止まった。

「ブラザー、日本人か?どこへ行くんだ?ギョレメか?」

男性が話しかけてきた。とっさにぼったくりかと身構えた。

この手の声かけは東南アジアで何度も経験している。料金を聞くと、男は首を振った。

「お金はいいよ」

正直、半信半疑だった。でも城を歩き回って足は棒のようになっているし、法外な値段を言われたらその時はごねればいい。

お礼を言って差し出された予備のヘルメットを被り、原付の後ろに乗った。

走り出すと男が話しかけてきた。

「俺は昔、ある日本人にお世話になった。それから日本が好きになった。それ以来、出会った日本人は助けたいと思っているんだ」

疑っていた自分が恥ずかしくなった。この人は本当にそういう人なのだ。見返りを求めず、ただ日本人だからという理由で手を差し伸べてくれる。

ギョレメの中心街に着くと、男は本当にお金を受け取らなかった。

どうやら街で屋台のアイス屋を経営しているらしい。せめてアイスを買わせてほしいとお願いした。

コーン付きシングルのアイスが約700円。普段の貧乏旅の僕なら絶対に手が出ない値段だ。でも今日ばかりは迷わず財布を出した。

ピスタチオ味のアイスは、甘くてなめらかで美味しかった。

疑って申し訳なかったな、と思いながら食べた。良い思い出がまた一つ増えた。

やっぱりトルコは親日の国だ。出会う人出会う人が温かい。

カッパドキアの最後にこんな出会いがあるとは思っていなかった。

足の疲れはとっくに忘れていた。

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