介護士として会社員をしていた時も
無職の感覚が抜けずに
生活費は上げないで生活をしました。
いつ職を失うかもしれないという危機感はあったし
失業してもいいように月の支出は12万円位で暮らす
生活を3年位続けたと思う。
当時の家賃が4万円で、たまに職場の人と食事したりもしたが
基本的には家で自炊しながら近所で散歩するのが休日の過ごし方だった。
この頃にバリスタFIREの生活の基盤ができ始めていたように思える。
それと飲食時代に知り合った友達から
時間があれば手伝ってほしいと言われていたので
小遣い稼ぎに好きな時にバイトをしながら日銭を稼いだり。
友達の手助けというのもあり、感謝もされたりして
あんまり働いている気もしなくて
賄いの食事も付いてくるから食事代も浮くし悪い気はしない。
それにずっと正社員として働きたくないと思っていたから
稼げるうちに稼いでおきたいと思い始める。
こんな感じでダブルワークをしていたから
収入は当時合わせたら30万円は超えていた月もあるので
月に12万円で生活していたら貯蓄率は50%を軽く超えていたし
貯金はどんどん溜まっていき通帳のお金も増えていくのも楽しく思えてくる。
週に5、6日働いていたが好きな時に休めるし
残業も無ければ休日出勤や電話も無い。
働きたくない週は介護の本職は有給を使い
友達の手伝いのほうにも事前に「その週は休みます」
と一言伝えておけば一週間が丸々と連休となり
旅行としたり家でのんびりしたりとリフレッシュする時間は
自分で調整して自由も設ける事ができる。
掛け持ちとは言え比較的に自由な働き方だっと言えるだろう。
上手くバランス取れていれば
ダブルワークは快適であり楽しく毎日をしていた。
そしてこの辺りから積み立てNISAも世に出回り始め
当時は年間に最大40万円という細やかな金額だったが
投資というのに興味を持ち始める。
いつまで経っても日本の景気は回復しない。
いや、それどころか悪化していっている。
そんな中で日本円にだけ頼っていてはダメだ。
株にも投資しないといけないしNISAを始め
もっと株を始めとして経済学というのも
学んでいかないとずっと、介護士としてお金に困りながら
労働する生涯になりかねない。今より知識を蓄えたい。
そんな事を考えながら仕事を続け3年が経ち、
僕も40歳になり介護福祉士の受験が出来る年が訪れた。
2020年に入った時に誰もが予想しなかった事態が
日本中、いや世界中に巻き起こる。
そう新型コロナウイルスによるパンデミックだ。
コロナが40代に入った僕の人生も大きく変えるキッカケとなっていく。

