翌朝、食堂に降りると朝食が用意されていた。
天井も壁も岩のままの食堂は、昨夜の寝室と同じくまるで洞窟の中にいるようだ。
壁には世界中から来た旅人たちが残したであろう写真やメモがびっしりと貼られていて、
ここを通り過ぎていった無数の旅人の気配がある。
テーブルに並んでいたのは、丸いパンが4つ入ったバスケット、クロワッサン、
スライスソーセージ、白いチーズ、オリーブ、きゅうり、トマト、ジャムとバターの小パック。
そして目玉焼き。トルコの朝食というのはこういうものらしく、いくつもの小皿に少しずつ色々なものが並ぶスタイルだ。
日本の朝食とは全然違うのに、なぜか食べていると落ち着く。
パンをちぎってチーズとオリーブを一緒に口に入れると、塩気と旨みがじんわり広がった。
食後、オーナーがアップルティーを持ってきてくれた。ほんのり甘くて温かい。朝からこれは嬉しい。
「クラ、洗濯できてるよ」
そう言ってオーナーが差し出した洗濯物は、きちんとたたまれていた。たたんでくれるとは思っていなかった。
お礼を言うと、オーナーも安堵したように笑顔になった。昨夜の不安そうな顔が嘘のようだ。
一泊4,300円。ドミトリーとはいえ、朝食付き・洗濯サービス付きでこの値段は安い。いい宿に当たった。
さて、アップルティーを飲み終えたら街に出よう。
朝食を終えて宿を出た。改めてギョレメの街を歩く。
目に飛び込んでくるのは、岩と白い家が混在する不思議な景色だ。
真っ白に塗られた四角い建物の隣に、岩をそのまま掘り抜いた宿が並んでいる。
どこからが自然でどこからが人工なのか、境界線が曖昧だ。
白い壁と土色の岩が交互に続く路地は、まるで誰かが途中まで街を作りかけて、
あとは自然に任せたような、そんな不思議な統一感がある。
ホテルだけでなく民家も洞窟のような奇岩の中に建っていて、そこに普通に人が暮らしている。
犬を散歩させているおじさんとすれ違う。洗濯物が岩の隙間に干してある。観光地でありながら、同時に誰かの日常がそこにある。
新しい土地に来たらまずやらなければいけないことがある。
洗濯の手段の確保と、スーパーを探すことだ。東南アジアと違い物価が高い中東からはこれが死活問題で、
これをクリアしてから初めて観光となる。今日はそれを最優先にする。
カッパドキアは同じトルコでもアンタルヤより遥かに外食が高い。
一食2,000円から3,000円はする。観光地価格なのだろう。
宝塚大劇場周辺で食べるような感覚、といえば分かりやすいか。
貧乏旅の僕にはとても手が出ない。一日の食費は1,000円から1,500円と決めている。
街をぐるりと歩いてスーパーをいくつか探すと、手頃な値段の店を見つけた。
僕の腕の太さはあろうかという固そうなフランスパンが150円。迷わずカゴに入れた。
それと一番安そうなチーズとハム、ミニトマト、水、それからビール。レジで合計1,500円。
食べきれない分は宿の冷蔵庫を借りて保管してもらえばいい。
店を出て近くのベンチに腰を下ろし、袋の中でフランスパンをちぎってチーズとハムを挟んで食べた。
ビールを一口飲む。観光客ばかりのこの土地でこれはさすがに目立つ。でも宿の部屋で一人食べるのも気が引けた。
こういうとき、何でも安かった東南アジアが懐かしくなる。
宿に戻ると、部屋には韓国人の彼とアメリカ人が一緒にいて二人で談笑していた。
最初は少し会話に加わったが、すぐについていけなくなってベッドに退散し、本を開く。
しばらくすると二人は夕食を食べに行くらしく、僕も誘ってくれた。
気持ちは嬉しいが、そんな余裕はない。会話も拙いから気まずくなるだけだ。丁重にお断りする。
一人になった部屋は静かだった。やっぱりカーテンが欲しいと思いながら、本を読んでいるうちに眠くなってきた。
明日は気球が見られそうだ。早めに寝よう。岩に包まれた暗闇の中で目を閉じた。

