朝起きるとまだ下の段でポルトガル人の彼女は寝ていた。起こさないようそっと二段ベッドの階段を下りる。
いびきをかいていなかっただろうか、急に心配になった。
洗面所に行くと彼女の化粧道具が置いてあり、使ったタオルが干してある。
なんだか2人で暮らしているような変な気分になる。日本では絶対に経験できない感覚だ。
中東はまだ男女別だったが、ヨーロッパや東南アジアでは男女混合のドミトリーも多く、誰もあまり気にしていない。
特にヨーロッパの若い女性は開放的で、下着姿のまま部屋をウロウロしていることもあって、こちらの方がうろたえてしまう。
日本では考えられない光景だが、それも含めてドミトリーの面白さだと思っているので、
この旅では個室とドミトリーを半々で利用している。さすがにそろそろ慣れてきたところだ。
顔を洗ってキッチンへ向かい朝食の準備を始めた。サラダを作って、パンを焼く。
共用のバターとジャム、コーヒーとティーパックも頂く。タダのものは遠慮なく使い倒す(笑)。
メインに何か欲しい。そうだ、醤油があるから目玉焼きを作ろう。フライパンも共用にある。
コンロはIHで適当に触っていると赤く光って熱がこもってきた。卵を割ってフライパンに乗せ蓋をする。その間にサラダの仕上げをしよう。
うっかり換気扇をつけ忘れたまま目玉焼きを焼いていたら、湯気でキッチンが白く曇ってきた。
すると突然、大きな警報音が鳴り響き、赤いランプが点滅し始めた。
パニックになりながら火を止め、サイレンを止めるスイッチを探すが見つからない。
慌てているとスタッフの女性が駆けつけて止めてくれた。
「ちゃんと換気して」
20歳くらいの若い女性に怒られる45歳のおじさん。
ごめんなさい。しょぼんとしながら朝食を食べる。
残ったパンにレタス、ミニトマト、目玉焼きを挟んで簡易サンドイッチを作った。今日はこれを持って外に出よう。
今日は遺跡を見るより街ブラだ。そうだ、アテネ国立庭園に行こう。
国内外問わず庭園や公園巡りが好きだ。自然を感じながら散歩するのは気持ちがいい。
この庭園は1838年にギリシャ王妃アマリアの命によって建設が始まり、1840年に王立庭園として完成した。
敷地は約16万平方メートルにも及び、ギリシャ国内の102種、外国からの417種、合計500種以上の草花が生い茂っている。
1927年からは一般市民に開放され、今ではアテネ市民の憩いの場になっているという。園内にはアヒルが遊ぶ池や小さな動物園もある。
歩いていると野生の鳥がいて、亀もいる。緑豊かでとてもアテネらしい場所だ。
落書きだらけの街並みとのギャップが大きくて、いっそう癒される。
アテネで一番好きな場所かもしれない。サンドイッチを食べながら動物を眺めているうちに一日が終わった。
こんな緩やかな旅でいい。観光地を忙しく巡るのは僕の旅のスタイルには合っていない。
買い物を済ませて宿に戻る。
実は明日からエーゲ海巡りだが、サントリーニ島に行くかどうかずっと悩んでいた。理由は2つある。
ひとつはサントリーニ島周辺で1月から地震が頻発し、2月5日にはマグニチュード5.2の地震が発生したことだ。
地震の回数は累計7,700回を超え、1万人以上の住民が島から避難した。非常事態宣言も出されていた。
今は落ち着いているようだが、また揺れるかもしれない。
フェリーよりも飛行機の方が安全だろうと考えて、移動は空路に決めた。
もうひとつの理由は出発時間だ。片道5,000円という安い航空券を見つけたが、出発は朝6時過ぎ。
つまり宿からあの物騒なアテネの夜道を歩いて、シンタグマ広場のバス停まで向かわなければならない。
空港までタクシーも宿のスタッフに聞いてみたが12,000円はかかるという。
高すぎる、無理だ。バスなら1,200円、しかも24時間運行している。
宿から最寄りのバス停まで約2キロ。それまで安全に辿り着けるかが今回の鍵だ。
宿の親切な女性スタッフに相談した。週末は夜中まで騒いでいる人が多く、
オモニア広場周辺には近づかない方がいいという。
なるべく広い通りを選びつつ、治安の悪いエリアは避けたい。
溜まった洗濯物をコインランドリーに持っていく途中、何度もルートを確認した。
洗濯している間にスマホの地図とにらみ合いながら、明日の夜道でも迷わないようルートを頭に叩き込んだ。
日中はともかく、正直アテネの夜中は怖い。それでもエーゲ海に行く機会など一生に一度あるかどうかだ。リスクを承知で、行くことにした。

