イスタンブール空港に降り立った。
カッパドキアの小さな空港とは別世界だ。広い。人が多い。
案内板が何カ国語にも対応していて、世界中の人間がここを行き交っている。さすが世界有数の国際空港だと実感する。
ただし、ここから宿までが遠い。空港は市街地の北側に位置していて、
今夜泊まる宿は南西の地区。最短でも2時間はかかる。
メトロで3回乗り換えれば一番安上がりだが、
土地勘のない初日に大きなバッグを担いでそれは少しきつい。
今日は多少お金がかかっても高速バスで中心街まで行くことにした。
料金は1,000円ほど。距離にして約30km、1時間ほどの道のりだ。
バスは混んでいたが、ちゃんとした高速バスだった。
カッパドキアのシャトルバンとは違う。さすがイスタンブールだと妙なところで感心した。
隣の席に座ったインドネシア人の若い男性が、たどたどしい日本語で話しかけてきた。
人懐っこい人で、一生懸命日本語を使おうとしているのは伝わる。
でも正直、疲れていた。「このモスクはどうやって行けばいい?」など街のことを次々と聞いてくるが、
僕も初めて来た街だ。「僕も分からないよ」と短く返して窓の外に視線を移した。彼はしばらくして黙り、途中の停留所で降りていった。
降りた後で、少し後悔した。疲れと警戒心が混ざって、心に余裕がなくなっていた。悪いことをした。すまなかった。
バスを降りてファティの街に出た瞬間、空気が変わった。
目の前にモスクの丸いドームと細長いミナレットがそびえている。石畳の道をトラムがゆっくりと走り抜けていく。
露店が並び、チャイの香りが漂い、アラビア語とトルコ語が飛び交う。
カッパドキアの静かな岩の街とは全く違う、雑然としていて活気に満ちた景色だ。
ああ、これがイスタンブールだ。これがトルコだ。東西の文化が交差するこの街の空気を、肌で感じた。
それにしても、4月だというのに肌寒い。カッパドキアより緯度が高いせいだろうか。
上着を引っ張り出してバッグに手を突っ込んだ。
ここからメトロを乗り継いで宿に向かわなければならない。
駅に入ると、イスタンブールカードという交通系ICカードが必要らしい。アンタルヤカードと同じ仕組みだ。
販売機を見ると日本語に対応していて、迷わず購入できた。さすがイスタンブール、と今度は素直に感心した。
ただ、どのホームに行けばいいかが分からない。路線図を眺めながら右往左往していると、近くにいたおじさんが声をかけてきた。
「どこに行くんだい?」
行き先を伝えると「こっちの電車だよ」と迷いなく案内してくれた。
ホームまで一緒に歩いて、電車に乗るところまで見送ってくれた。
お礼を言うと、おじさんは何でもないことのように手を振った。
カッパドキアの原付のおじさんといい、本当にトルコ人は親切だ。ぼったくりでも詐欺でもなく、ただ困っている人を助けてくれる。
そこから2度乗り換えて40分。どうにか最寄り駅に着き、そこから地図を頼りに20分ほど歩くと宿が見えてきた。
サイトには3つ星ホテルと書いてあったが、外観は日本のさびれたビジネスホテルより古い。
中に入っても薄暗い。一泊朝食付き4,200円。もうヨーロッパと言っていいこの街では格安の部類だから文句は言えない。
フロントには誰もいなかった。大声で呼ぶと奥からメガネをかけた若いアジア系の男性が出てきた。やる気がなさそうだ。
「予約してるの?」
不愛想な一言。名前を告げてパスポートを見せると、めんどくさそうにチェックインを済ませて部屋の鍵を渡してきた。
安宿に接客を求めるつもりはないが、あまり気分のいいものではない。
部屋は6畳ほどで狭い。天井にはプロペラ式の扇風機とエアコン。ロッカーあり、ペットボトルの水のサービスあり。
個室のシャワーと洗面台、バスタオルとタオル、シャンプーにボディソープまで揃っている。
日本では当たり前かもしれないが、今まで泊まってきた安宿では設備として満点に近い。
タオルすら置いていない宿も珍しくなかったから、洗濯物も減らせて素直に嬉しい。
肌寒いので暖房をつけた。窓の外から、近くのモスクのアザーン(お祈りの声)が聞こえてくる。
低くて響くその声が、異国にいることをあらためて実感させてくれた。
移動で疲れた。荷物を片付けて、今日はもう休もう。イスタンブールの探索は明日からだ。

